大中農業王国 ホープ

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ルーキー弓削田 スマイル徳田 第3の男河南 水耕栽培の長岡 ぶどうとイチゴの垣見農園


s先進的家系を引き継ぐ 本物の開拓者

垣見 哲夫
大中を「観光と農園」のコラボとして発信する53才

垣見家の歴史は開拓の歴史?
基本的には垣見家は、愛知県出身であるが、根源的ルーツは能登川かな?
東近江市能登川町垣見は、平安時代垣見の荘という荘園で在った
ここよりご先祖様は愛知に移住し、戦国時代は織田家家臣であったらしい
祖父は満州開拓へ参加、先進的なことを目指す家系は、なおも続く
父親は昭和24年 米原干拓地入植
   昭和43年 近江八幡大中干拓に入植
        父の弟(叔父)も安土大中に入植
自分(哲夫)は農業大学校で学んで、父親と同じ大中の湖開拓地で就農
減反による政策転換で果樹ブドウ栽培へ
大中の潮干拓地の真ん中を彦根まで突き切る湖周道路(県道59号線)は当初から車の行き来も多く、当時警察調査で1日2万台の車が行き交う(現在では3万台)交通量があり、私のビニールハウス等は道路からよく見渡せる場所に立地していました。家族といろいろ協議して「ぶどう」の観光農園を作り、同時に直売所も設置する事にして、消費者と直結する農家として進む事を決意したのです。ぶどう園は湖周道路開通の年に開園し、それ以後「ぶどう」はぶどう狩りと直売販売でシーズン中(8月〜9月お彼岸頃)で全て売りつくすように育っています。
ぶどう狩りは入場料はいりませんが、摘み取り囲方式です。

続いてイチゴ栽培へ 高齢者や障害者の癒しの場所として
昨年からガラス温室2棟600坪で、観光農園イチゴ狩りを主力に取り組み始めました。ちょうど15年続けたぶどう園、観光農園のノウハウを生かしてイチゴに挑戦始めた所です。
章姫400坪(柔らかく、酸味がない)紅ほっぺ200坪(爽やかなイチゴの酸味)の2品種でお客様を迎えています。
特に配慮した設計は高設ベンチ栽培ですが、通路を広く取って車椅子でもイチゴ刈りが楽しめる空間としています。高齢者と障碍者のリハビリとリクリエーションの場、癒しの空間として需要があると思いこの設備にしました。案の定、施設側でも好印象を持っていただき近くの施設からの問い合わせが初年度から頂くようになりました。
      5月お客様に品種甘さ等を説明                      お盆時期の収穫のために間引き等の手入れ
今後の大中について
近江八幡大中は2世代目になり「大中農業王国」としてかなり知られるよぅになりました。泥田でのDlグランプリレースも大盛況で、今年3回目を開催されます。一般のお客様が「大中農業王国」に観光としてこの地にこられ、観光と農園のコラボが自分が目指す目的地だと思っていますので、大中へ来るお客様をリピータとしてより深く強い関係を結ぶために、一時ブームになった「貸し農園」をプロが指導する本格的貸し農園としてオリジナリティを持たせれば、地域がもっと活性して消費者と生産者が太い糸で結ばれると思います。         
 垣見農園へはこちらから

s素人の強み・勉強力・カップル


長岡 寛八
水茎のニューフェイス 31才 (大中地域でないがびわ湖野菜の若きホープ)

設立 平成22年6月28日
・ 業務内容 養液栽培での野菜の生産・販売 他
・ 取り扱い品目 ベビーリーフ、バジル、クレソン、ルッコラ、サンチュ、イタリアンパセリ、  レタス、アイスプラント、他

 近江八幡市の酒販売店に生まれ育つ。
 18才で東京へ、神奈川の溝ノ口(渋谷へ13分)にて小売店舗向けのフリーペーパー 販売やイベント企画、人材派遣会社の立ち上げ等に参加にたずさわる。
 4年前に故郷近江八幡に帰り、東京都往復しながら上記の仕事をこなす。
 基本的には営業畑を歩み、あるきっかけから水耕栽培にどっぷりはまる事になり今日 に至っている。

「小さな芽が出たとき感動しました」
4年前に近江八幡に帰ってきました。それというのも仕事柄滋賀と東京往復して仕事をこなしました。そこで、せっかく滋賀に帰ったのだから、何か滋賀でもできることはないかと、特に現状の仕事は他人の作った商品を自分のものとして販売する事だったので自分の作ったものを売りたいといつも言っていたようです。
    「そんなら、あんたも農業したら良いやん」
母がさらっと言ったんです、多分冗談半分の言葉だったんでしょうが、妙に耳に残りました。その当時脱サラから就農へが結構言われてた事と水耕栽培がマスコミ等に紹介されたこともあって、早速水耕栽培を勉強したのです。
     それが今日まで農業にどっぷりはまってしまっています。
 水耕栽培の始め、マニュアル通りやってみました。
こんなんで芽が出るのか半信半疑で、白っぽい小さな芽が出たときは、それだけで感動しました。
「ビジネスとしての農業・アバウトな農業よりシステム志向農業」
長く安定した仕事として農業をとらえるとやはりビジネスとして成り立つ農業と既存の農家さんの野菜に勝つ事は経験的に難しい、素人の新参者が出来るものは既存の農家さんが栽培していないものを作る事、それがセールスポイントになる。水耕栽培の得意分野で競合しないものは、やはり葉物野菜で季節に左右されないものの栽培でした。
 例えば、セロリ等は基本的に冬野菜ですが、夏によく食べられるので競争力がありますし、レタス等も赤緑など彩りがあってお店に華やかさを演出する野菜です。水耕栽培の野菜は軟弱だといわれますが、柔らかく舌ざわりのよさが好まれる現時代にマッチする野菜なのです。
 自分で栽培して自分のものを販売する楽しみが日に日に心に広がってきました。


「環境負荷のない水耕栽培」
水耕栽培というと水を沢山使うものだと思われますが、露地栽培よりずーと少ないのです。各レーンを流れる水は循環させてます、肥料の調整しながら何度も循環しますので、ほとんど無駄なく水を使い、年2回くらいの掃除以外に水を変えることはありません。つまり環境負荷が露地栽培より少ないので、エコ栽培ともいえます。

「農業する姿にたくましさを見た女(ひと)と今年一月入籍」
東京で8年間アプローチを続けた女(ひと)は振り向いてもくれなかった。
 滋賀に帰って水耕栽培がそこそこ軌道に乗ってきた時、彼女に「一度滋賀来てみる」と誘ってみた。はるばる訪ねてきた彼女は農業で働く私を見て「生き生きしてたくましい」と感じ、初めて振り向いてくれました。そして水耕栽培4年目の今年一月入籍(結婚)という事になり、農業が仲人の役目をしてくれたと思っています。

農業は人間がいる限り必ず必要な産業であり、定年のない生涯の仕事にもなります。そして時代に引き継げる息の長い仕事でもあります。勿論大きな儲けを生むものではありませんが、誰にでもいつ時代でも必要とされる産業ですから、本当にやりがいのある仕事だと確信しています。
農家が良い農産物を作るのは勿論、ビジネスの勉強もまた必要だと思っています。農家も勉強し続けなければいけないと思います、そして若い人や次世代に魅力のある産業とするためにまだまだ勉強する事がたくさんあります。
 今日も今は妻になった彼女と楽しく水耕栽培ハウスで野菜たちを育んでいます


1レーンに多品種の栽培は肥料の管理が難しい
レーンの設計製作も手作り



 手作りの育苗室 手作りなので管理しやすい
ながおか農園へはこちらから

a家族の暖かさに包まれて
未来の農業をつなぐ


河南 聡寿
大中第3の開拓世代 33才

25才で大中へ帰り3代目を継ぐ。
茨城県鯉淵学園農業栄養専門学校(水戸)4年生学校で学んで、その後、行方市の有機農業の農事組合法人でしばらく勤めて農業を勉強した。
茨城時代に結婚して、大中北部地区の4町歩で野菜主力の農業を。

一歩おうちに入ると、温かい家庭のにおいがしました。
家業を継ぐことが当たり前だった河南さんには、迷うがなかった。
それは何より、家族のきずなが強かった事を思わせます。日本の農業はもともとに3世代の大家族が寄り添いながら、ゆったりとした空気の中で育ってきた。その典型が若い後継者の農業理念のような気がします。
秋冬野菜としては、ブロッコリー・キャベツ・人参、夏野菜はたまねぎ。
その内でもブロッコリーは特に力を入れており、差別化が現れやすく、この地域では一番のものを作れると自負している。この地域に合う品種を研究して、その特徴を伸ばしていくこと、ブロッコリー主力にするのは、栽培が難しい、またそれだからこそ面白い。
 ブロッコリーも品種があるが、アントシアニン(色素=紫)は抗がん作用があるとも言われる。(動物実験では抗酸化性に由来すると考えられる薬理作用が見出され、ヒトでは筋疲労を抑制し、運動による過酸化脂質の増加を抑制したとの実験結果が得られた)
 ブロッコリーのよしあしは、粒が小さくしっかりしている茎の太いものが美味しい。粒がファとして大きいものは味が大味で美味しくない。
露地栽培を主力にしていると、特に天気とのお付合い、タイミングが作物の正否を決める。最近の天気予報はかなり正確なので、天気にあわせ植え付け管理のそれぞれの作業工程タイミングを経験で掴み取るのが良い野菜を作る決め手となる。   
  基本的に自然の動きに自分が合わせる、自然こそが作物を作ってくれている、そのことをおろそかにしてよい農業は育たない。  
現在はやはり不安を抱いている。TPPとか農業経営とかには価格競争などの不安は大きい。しかし、農業をすることと家業を継ぐことには何もぶれはなかった。
農協青年部での活動 メンバーは60人程度で年一回のイベント(田植体験、収穫体験、バーベキューパーテイ)
 グリーン近江関係と大中の主に独身男性(専業農家あと継ぎ)20〜30才代のメンバーで開催します。
 参加者は主に独身女性を農協募集とメンバーが勧誘して基本的に独身男性の相手探し=合コンなのです。
 このイベントは明日の農業の担い手を育てる大切なイベントでもあるのです。=人つくり

大中農業王国からスマイル(笑顔)
とどける

徳田 為広

大中第2の開拓世代 徳田為広 49才

24年前、父親が農協役員として多忙になり、専業農家を継ぎました
 当時の主力はお米と秋冬野菜、カブを栽培してかなりの評価を得ていましたが、特にカブは京都「大安」の千枚漬の材料として大中産を使いました。当時の日本人の食生活、それもお歳暮シーズンの贈答『千枚漬』は全国的に人気があり、跡継ぎの一番よい時に専業農家としてのスタートが切れたのでした。
 
 しかし、食生活が欧米化して行くに連れて米食文化が衰退、ご飯からパンへ、漬物の需要が激減していく時代に突入してしまったのです。
いいときに農業を継承しただけに、大中農産物が魅力を失うのを目の前にして、本当に悔しい思いの時期をかなり過ごしたのです。
 自分が魅力と楽しみ、やりがいの持てる農業にしたい。けれども今までの野菜を当たり前に栽培していても面白さも魅力も感じない、同じ農業を続けるならやはり面白くて魅力のあることがしたい。
今から4年前、45才の転機に「清水(きよみず)の舞台」を飛び降りる決心で「ミディトマト(中玉)」ハウス栽培に踏み切ったのです。住宅新築資金を投入、失敗が出来ない不退転の決意だったのでした。

「このトマト食べると 笑顔になるね」
スゥイートのネーミングを考えていたとき、突然、お客さんの一言とで「スマイル」は商品ネーミングになりました。

しかし甘い評価されるまで、やはり苦闘時代があります。
甘いトマトを、と聞くと、農業指導員等のプロが「ストレスを与えれば糖度が上がる」つまり木をいじめる農法です。
そこで地元のすごく甘いイチゴを作る名人に聞きました。
「どうしたら甘くなるの」「何にもない、ただお陽(ひ)さんが作ってくれるだけや」の答え。

 
でも私にはそれだけで十分でした。自然で健康な木を育てて、お陽(ひ)さんに光合成で甘くしてもらえば良いと、とにかく健康で丈夫なトマトの木を育てる事にしました。その結果、お客さんたちの「笑顔」=「スマイル」を見て確信がもてたのです。ミディトマトは、35回(下から5段)順々に花をつけます。お陽(ひ)さんに健康で健全な木を育ててもらって、1年を通して収穫出来るようになり、現在日量300Kgを出荷できるようになりました。
スマイル(笑顔)の輪を広げるには
「トマト」はもともと日本食にはなかった食材でした。だから生食しか食べる方法がなかったのです。そして今でもそれが主流です。でもヨーロッパ食には欠かせない食材で、パスタのソースはトマトがなければなりませんし、加熱したトマトが食卓の定番でもあります。
 残念ながら現在の日本人には生食以外食卓に上がりにくいのです。「スマイル」ミディトマトは大玉に比べて濃厚な味でしっかりしています。生食よりも加工食に向いているとも言えるのです。夏野菜としてだけでなく、栄養の多さを生かして食べ方を知って頂くことが重要なのです。
 ミディトマトは火を入れると甘さが増します。レシピをご紹介しながら笑顔の輪を広げなければなりません。
そして大中の「スマイル」と呼ばれ、全国に発信できるようにしたい、そう徳田さんは語ります。
  スマイルを詳しく知りたい方、欲しい、食べたい方は こちらから

大中農業王国 新世代ルーキー 
弓削田信基      
大中新世代 弓削田信基 28才

 セールスマンを経て、地元大中に帰る。
3年前の12月、久しぶりに幼友達に「飲み会」に誘われる。 なつかしい、その中で大中農業をつぐ友人の目に強い光を感じて感動を覚えた。それから一年が経ち、後父親からの後継ぎとして帰ってきてほしいという声もあり後継ぎになることを決意。
この恵まれた環境で、恵まれた仲間たちが前を向いている。日本の農業が、高齢化して後継者に悩んでいるのに、この地域大中は若い力があふれている。いや衰退させてはならない。
「シャロンは羊の群れの牧場となるように」イザヤ書65章10節
父母の命名した「シャロン農園」は荒れ野を豊かな大地にする理想郷を目指している。祖父が九州から入植したこの大中開拓地を「夢の大地」に、畜産(肉牛飼育)で父母の苦闘を目の当たりにしているだけに、だからこそ出来る、成し遂げなければならないと胸の炎が燃えてくるのを感じた。

 美味しいものを「食べる人」の喜びに出来たら、必ず大中は理想郷に近づく。確信が生まれてくる。そしてそれを現実のものにするのは、大中の仲間たちと「大中」地域を「ブランド化」することによって成し遂げられると彼は思っている。
大中のロケーションはアクセスといい、びわ湖の恵みといい、アピールは十分。「大中」ブランド化は成功の可能性が大きい。まずは仲間たちと「G1グランプリレース」「大中農業王国グルメカーニバル」でブランドつくりのスタートを切ったところである。
上記の写真は、わが牛たちの糞を主力に「堆肥」を作り、今までお世話になっている「固定のお客様」にお届けしている、今旬の「ぶどう」たちです。近江牛の他でも、大中ブランドになる野菜、果実を限定販売しています。特別「堆肥」もグリーン工房やホームセンターなどにあります。